▼ 忍足侑士にあほと言われる
今日の仕事は本当に危なかった。こちらの確認ミスで危うく人に迷惑をかけるところだった。その確認ミスだって、元を辿れば私が上の空を業務中に発動させていたからだ。面目が立たない。幸い、途中で自らのミスに気付き大事にはならずに済んだが、自己嫌悪に苛まれた。
その日の業務はそれ以降、しっかり気持ちを入れ替えてきっちり真面目に働けた。働けたけども。
そもそも私の気もそぞろになった原因だって、色ボケ甚だしいものだった。
なので、帰宅後に原因である張本人に当たることだって許されないか? いや許されはしないというのは分かっているけども。自分が悪いのは分かっていますけども。
「それで何や、俺と一緒に観た映画の内容思い出してミスりかけたんか?」
「いやだって、お客さんの家族構成が一緒だったから……」
「確かに珍しい家族構成やったけどなぁ。それで仕事に支障来たすて」
ついつい連想をしてしまったのだ。
珍しい家族構成だなぁ。そういえばこの前侑士と観た映画の家族構成と一緒だなぁ。あの映画観た後、侑士と感想言い合った時楽しそうだったな。この映画観て良かったなぁ。
「あほ。いい歳して何してんねん」
「う。はい。私はあほです」
夕食を食べ終えて片付けも一通り済ませて、ダイニングテーブルでお茶を飲みながらまったりしている時間にこぼした会話だった。
向かい合わせに座っているからお互いの顔を見えている。が、少し居た堪れなさを感じてしまい俯いてお茶の入るコップを弄ぶ。
「私の不注意がしょうもないのは分かってるけどさぁ、でもさぁ、思い出しちゃったんだからしょうがないじゃん。楽しかったんだもん、あの時一緒に観たのも観た後も」
「…………」
まだお叱りの言葉が返ってくると思った。でも来なかった。
侑士の顔を見た。私の物と色違いのコップは机に置かれ、侑士は口を手で覆いながら頬杖を突いてそっぽを向いている。
普段から侑士の表情はあまり動かない。ポーカーフェイスというやつだ。しかし、私と侑士の付き合いの長さを舐めてもらっては困る。彼がその仕草をする時、一体どの感情が表情に出ていて、かつ隠したくて口元を隠しているかなんて、考える間も必要なくわかるのだ。
「いや、なんで笑ってんのさ。どういう感情?」
「…………嬉しいやん」
「は? 何が」
口元は隠したまま、その切長な瞳をこちらに向ける。どんな仕草もどんな表情も、この男は様になるからムカつく。いい加減慣れたいところだが、未だに鼓動は高鳴るのだから末期なのは自覚がある。
顔の下半分が見えない。見える目だけはやたら真剣だった。
「そんな仕事中やってのに、俺のことで頭一杯になってもうたんやろ? 恋人冥利に尽きるやん」
「…………」
閉口するのはこちらの方である。目を細めながら嬉しそうになんてことを言うんだこの男。
その眼鏡に度が入っていたらかち割っているところだ。伊達なことに感謝するんだな。
230729
友人との会話で生まれた話。感謝。